エジソン、霊界を聴く。

晩年のエジソンを動かした問い
トーマス・エジソンは、白熱電球、蓄音機、映写機といった人類史に残る発明を通じて「生活を豊かにする実用性の探究者」として知られる。
だが晩年の彼は、科学者として異色の研究に取り組んだ。それが「霊界通信機」、すなわち死者と交信する装置の構想である。
なぜ彼がそのようなテーマに傾倒したのか。背景には二つの要因があったと考えられる。
第一に、彼自身の老境と死への自覚である。生涯にわたり膨大な発明を成し遂げたエジソンは、やがて「人は死後どこへ行くのか」「個人の意識や記憶はどのように扱われるのか」という根源的な問いに向き合わざるを得なくなった。
第二に、彼が一貫して抱いていた「自然界は合理的な法則によって説明できる」という科学観である。
エジソンにとって、魂や霊といった存在も、超常的なものではなく、光や電気と同じく「エネルギーの一形態」として理解可能なはずだった。
彼はエネルギー保存則を拡張し、魂もまた消えずに存続し、そこに人間の記憶や経験が蓄積されるのではないかと考えたのである。
記憶をとどめる仕組みへの情熱
エジソンが生涯を通じて追い求めたものを振り返ると、その多くは「記憶」や「痕跡」をとどめる技術であったことに気づく。蓄音機は声を保存し、映写機は出来事を映像として残した。
彼の発明は単なる便利さを超え、「人間の経験を後世に伝える」装置だった。
霊界通信機はその延長線上にある。つまり彼の研究は、最晩年に突如としてオカルトに傾いたわけではなく、「人の存在や記憶をどう保存し、未来に伝えられるか」という一貫した探究心の帰結だったと解釈できる。
デジタル時代に受け継がれる問題意識
21世紀の私たちは、エジソンが抱いた問題意識をまったく別の形で引き継いでいる。
現代の社会では、スマートフォンやSNS、検索履歴、写真や動画といった膨大なデジタルデータが、人間の「記憶の外部化」を担っている。これらは当人が亡くなった後も残り続け、無数のデータ断片が個人の存在を語り続ける。
さらにAI技術は、その断片を組み合わせ、まるで本人と再び会話しているかのようなシステムを実現しつつある。
こうした試みは倫理的議論を呼ぶ一方で、「死後も存在がデータを通じて影響を持ち続ける」という新しい人間観を提示している。
科学と人間存在のマリアージュ
エジソンは「自分は宇宙からのメッセージを受信して記録しているだけだ」と述べている。
彼のこの直感は、現代の情報社会において、個々の人間が膨大なデータの流れの中で「一つの受信装置」として生きている姿に重なる。
インターネット上の記録は、個人の死後も消えることなく他者に影響を与え続ける。つまり私たちはすでに、エジソンが思い描いた「魂の痕跡が保存される世界」に足を踏み入れているとも言える。
未来への問いかけ
霊界通信機はついに完成することはなかった。
しかしその背後にあった「死後の記憶や存在はどのように存続するのか」という問いは、デジタル社会に生きる私たちにとって決して過去のものではない。
記憶を保存し、伝え、再構成する技術が進化するいま、エジソンの探究は「オカルト」ではなく「人間存在の科学的理解」という大きなテーマとして現代に引き継がれているのである。