cyvate

会員ログイン

恐怖を売る

恐怖を売る

恐怖映画に惹かれる逆説

人はなぜ恐怖映画を観るのか。
暗闇の中で忍び寄る足音や、不意に現れる影に身をすくませながらも、人々はその体験を求め続ける。恐怖は本来不快な感情であるはずなのに、ある人々にとっては強い魅力を放つ。心理学的には、恐怖体験によって交感神経が刺激され、アドレナリンやドーパミンが分泌されることで、不安と快感が結びつき、スリルを「楽しむ」逆説的な行動が生まれるとされる。

だが、この「恐怖を楽しむ感覚」が誰にでも同じように働くわけではない。そこには民族的・遺伝的な背景が影を落としている。

セロトニントランスポーター遺伝子と不安感受性

感情の安定を司る神経伝達物質セロトニン。その働きを調整する「セロトニントランスポーター遺伝子(5-HTTLPR)」には、主に L型(ロング)S型(ショート) という二つのバリエーションが存在する。
S型はセロトニンの再取り込み効率が低く、脳内におけるセロトニンの調整力が弱まるため、不安やストレスを感じやすいとされている。

研究によれば、このS型の割合は民族によって大きく異なる。ヨーロッパ系ではL型が多く、S型は約40%程度にとどまる。一方で日本人を含む東アジア系では、S型の割合が70〜80%に達すると報告されている。つまり日本人は、世界的に見ても「不安を感じやすい遺伝的傾向」を強く持つ民族だと言えるのである。

遺伝子と文化の相互作用

もちろん、遺伝子がすべてを決めるわけではない。人間の行動や感情は、文化や社会の影響を強く受ける。
日本文化は古来より「和」を重んじ、調和を乱すことへの不安を避ける方向に進化してきた。あいまいな表現や空気を読む行動様式は、不安を未然に抑える社会的ルールの一形態だと言えるだろう。遺伝的に不安を感じやすい気質と、文化的に不安を回避する習慣が相互に作用し、「不安感受性の高さ」が一層強調される環境が形成されてきたのだ。

恐怖映画が日本人に響く理由

この背景を踏まえると、日本人が恐怖映画に強く惹かれる理由が見えてくる。
不安を感じやすい気質を持つからこそ、恐怖映画は「安全な環境で恐怖を体験し、制御可能な不安を味わう」装置として機能する。暗闇の中での恐怖体験は、脅威に直面したときの疑似トレーニングであり、自らの感情を確認し克服する心理的リハーサルでもある。

つまり、日本人にとって恐怖映画は単なる娯楽ではなく、遺伝子と文化が形作る「不安の感受性」と響き合う体験の場なのだ。

脅しのマーケティングへの応用

この遺伝的傾向は、娯楽だけでなく社会経済の中でも作用している。広告やキャンペーンで用いられる「残りわずか」「今すぐ行動しなければ手遅れ」といった脅し型のメッセージは、不安感受性の高い日本人に強力に作用する。
恐怖映画が安全な場での不安体験であるのに対し、マーケティングは現実の行動を直接動かす。不安は消費を促す強烈なドライバーとなり、日本社会ではとりわけその効果が高まりやすいのである。

恐怖は最古の道具

恐怖は不安を呼び起こし、行動を縛る力であると同時に、未来を切り拓くための原動力でもある。
日本人の遺伝子に刻まれた不安感受性は、恐怖映画という娯楽をより濃密に味わわせ、また日常の消費行動をも左右している。

恐怖は敵ではなく、私たちが最初に手にした道具。
その扱い方次第で――人は怯えに囚われもすれば、進化への一歩を踏み出すこともできるのだ。

ベイトくん

Cyvateブログ

Webマーケティング会社Cyvateが発信する、多角的な視点からビジネスを考えるブログです。
AIやデータ活用の最新トレンドを踏まえながら、日々の施策や戦略づくりに役立つヒントを毎週お届けします。
専門性を大切にしながらも親しみやすく、ユニークな切り口の中に確かな学びがある。そんな“知識と遊び心が共存する読み物”としてお楽しみください。

チューリングと毒リンゴ

前の記事

チューリングと毒リンゴ

次の記事

トリック・オア・トリート

トリック・オア・トリート