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最悪な金曜日

最悪な金曜日

警察官の悲鳴から生まれた「黒い金曜日」

1960年代のフィラデルフィア。感謝祭翌日の金曜日、街は異常な混雑に包まれていた。
郊外から押し寄せる買い物客、週末のアーミー・ネイビー戦(アメリカンフットボールの伝統的な一戦)を観戦する群衆。
交通は完全に麻痺し、警察官たちは12時間以上の勤務を強いられた。
彼らはこの日を「Black Friday」と呼んだ。文字通り「真っ黒な金曜日」である。

この呼称には、万引きの増加、事故の多発、混乱と無秩序といったネガティブな意味が込められていた。
1961年には、フィラデルフィアの小売業者たちが「Big Friday」という名称に変更しようと試みたが、すでに定着していた「ブラックフライデー」の呼び名を変えることはできなかった。

興味深いのは、最初にこの名称を作った側(警察)と、後にそれを活用した側(小売業者)の視点が異なる点だ。
通常、ブランディングは企業が主導するものだが、ブラックフライデーは外部から与えられたネガティブなレッテルだった。

逆転の発想

1980年代に入ると、小売業者たちは発想を転換する。「ブラック」という言葉を排除するのではなく、その意味を根本から変えてしまおうと考えた。

アメリカの会計用語では、赤字を赤インクで、黒字を黒インクで記録する伝統がある。
小売業者たちはこの慣習に着目し、「ブラックフライデーは、小売店が赤字から黒字に転換する日」という新たなストーリーを作り上げた。
年間で最も売上が期待できるホリデーシーズンの幕開けとして、「黒」は収益性と成功の象徴へと変貌を遂げたのである。

この意味転換は見事に成功した。消費者にとって「ブラック」は、もはや混雑や混乱ではなく、お得な買い物ができる特別な日を意味するようになった。

視点を変える力

マーケティングにおける「リフレーミング」とは、同じ事実に対して異なる枠組み(フレーム)を与えることで、認識を変える技術である。
ブラックフライデーの事例は、このリフレーミングの教科書的な成功例と言える。

「混雑」は「人気」へ、「長蛇の列」は「価値ある商品の証」へ、「争奪戦」は「エキサイティングな体験」へ。ネガティブな現象はそのままに、その解釈だけを180度転換させたのだ。

小売業者たちが現実を否定しなかった。確かに混雑する、確かに大変だ。
しかし、それは「年に一度の特別な機会だから」という文脈を与えることで、むしろ魅力的な要素として演出した。

ストーリーテリングによる価値創造

ブラックフライデーの成功は、単なる言葉の置き換えではない。そこには綿密に構築されたストーリーがある。

「アメリカの小売業者が、一年で最も重要な商戦期に突入する日」「家族のためにクリスマスプレゼントを探す愛情深い買い物客たち」「早朝から並ぶことで得られる達成感と節約の喜び」。
これらの物語が積み重なることで、ブラックフライデーは単なるセール日ではなく、アメリカ文化の一部となった。

日本でいえば、福袋に並ぶ正月の光景に近い。不便さや寒さも、「特別な体験」という文脈の中では価値となる。
マーケティングは製品やサービスを売るだけでなく、「体験」と「物語」を売る仕事なのだ。

デジタル時代の逆転戦略

SNS時代において、この「ネガティブからポジティブへの転換」はさらに重要性を増している。
なぜなら、否定的な評価が一瞬で拡散される一方で、その対応次第では劇的な印象の逆転が可能だからだ。

例えば、ドミノ・ピザは2009年、「史上最悪のピザ」という酷評がSNSで拡散され、株価が暴落する危機に直面した。
しかし同社は批判を全面的に認め、CEO自らが「我々のピザはダンボールのような味だった」と認める動画を公開。
そして新レシピ開発の全プロセスを透明化し、批判者を開発チームに招いた。
結果、「最も誠実な企業」として評価が急上昇し、売上は前年比14.3%増を記録。株価は10年で20倍以上に跳ね上がった。

日本でも、シャープの公式Twitterが「企業アカウントなのに自由すぎる」と批判されたとき、「中の人も人間です」というハッシュタグとともに、企業の堅苦しさを逆手に取った人間味あふれる投稿を展開。
フォロワーは80万人を超え、「最も愛される企業アカウント」へと変貌を遂げた。批判の的だった「企業らしくなさ」が、最大の武器となったのだ。

ネガティブな評価に「言い訳」で対抗すれば印象は最悪になる。
しかし、それを認めた上で「改善への情熱」として提示すれば、評価は180度変わる。
マイナス100点の批判が、プラス100点の共感に転じる瞬間、そのインパクトは通常のプロモーションの何倍もの効果を生む。
透明性と誠実さが、デジタル時代における最強の武器となったのだ。

マーケティングの本質的な力

ブラックフライデーの成功は、マーケティングの本質的な力を示している。それは現実を変えるのではなく、現実の見方を変える力だ。
同じ商品、同じサービス、同じ現象でも、提示の仕方次第で全く異なる価値を生み出すことができる。

「黒い金曜日」という警察官の愚痴が、世界最大の商戦日へと変貌を遂げた。
この逆転劇は、創造的な発想と戦略的なコミュニケーションがあれば、どんなネガティブな状況もチャンスに変えられることを教えてくれる。

マーケターに求められるのは、固定観念にとらわれない柔軟な思考と、新たな物語を紡ぐ想像力。ブラックフライデーは、その可能性を体現した最高の教材なのである。

ベイトくん

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