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ボジョレー・ヌーヴォー解禁日

ボジョレー・ヌーヴォー解禁日

11月の第三木曜はボジョレー・ヌーヴォー解禁日

秋が深まり、街の色がゆっくりと変わり始める頃、酒売り場にだけ毎年必ず訪れる独特のざわめきがある。
紫色のポップ、華やかなラベル、深夜0時の発売カウントダウン。ボジョレー・ヌーヴォー──このワインは、もはや日本では季節の行事と言っていいほどの存在だ。
しかし、そんな華やかな光景とは裏腹に、世界から見た評価はこの数十年で驚くほど変わってしまった。
かつては世界中がこの新酒の到来を待ちわびたが、今では「軽い」「浅い」「話題先行」と、辛口の視線を浴びることの方が多い。


祭りとして誕生したワインが抱えた宿命

ボジョレー・ヌーヴォーは、フランス・ボジョレー地方でその年に収穫したガメイ種を、異例のスピードで醸造し、11月に“世界同時解禁”するという特殊な仕組みを持つ。
収穫から数週間で瓶詰めされるスピード感自体がすでにイベントで、1970年代後半から90年代にかけて、世界的なブームを巻き起こした。

特に日本は、そのイベント性と相性が抜群だった。
空輸されたボトルが深夜のニュースを賑わせ、「今年の出来は過去最高」という耳慣れた文句が秋の定番となり、解禁日の深夜に開けることが一種の儀式として広まった。
日本人の旬を楽しむ文化とボジョレーの“スピード感”が見事に噛み合った結果である。

しかし、この華々しい誕生こそが、後に評価を揺らがせる原因にもなる。
誕生の瞬間から“話題”とセットで語られ続けたワインは、次第に品質よりもイベント性の方が大きく扱われるようになり、その構造が長い時間をかけて世界の評価を変えていった。


世界が距離を置き始めた理由

ボジョレー・ヌーヴォーの味わいは、軽やかでフルーティー、タンニンも穏やかで、ワイン初心者にはとても優しい。
一方、深いコクや複雑さ、熟成による変化を求める愛好家たちからすると、その飲みやすさが“軽すぎる”と映る。
ワインの世界では、時間をかけて熟成し、複雑な香りをまとっていくことが高く評価されがちだ。
そうした基準で見ると、ヌーヴォーの“速さ”は魅力であると同時に最大の弱点にもなる。

需要が急拡大し、産地が大量生産へ傾いたことで品質にばらつきが出たとの指摘もある。
2000年代初頭には売れ残りが大量に蒸留処分されたとの報道もあり、ブームの裏で疲弊した産地の姿が浮かび上がる。
こうして、世界では徐々に“イベントワイン”としての位置づけが強まり、ワイン通の世界での評価は下がり続けていった。


日本だけの熱狂

世界的な熱が冷めても、日本だけは長い間、異様なほどの熱気を放ち続けた。
深夜の解禁イベント、成田で空輸ボトルを出迎えるニュース、スーパーの派手な特設売り場──どれを取っても日本独自の盛り上がりである。

それは、日本市場が「季節限定」という言葉に弱いからだ。
そしてメディアも、秋の恒例行事として毎年必ず特集を組み、季節の風物詩として扱い続けた。
ボジョレー・ヌーヴォーは、もはやワインではなく、季節の象徴だったのである。

しかし、こうした突出した需要が、海外で皮肉を生むことになった。
「日本人だけが有難がって買う、日本ワイン。」
世界的な評価から乖離して日本だけが異常に盛り上がり続けたことから、そうした印象が定着してしまった。


現代の私たちは、味覚にすら確信を持てない

ボジョレー・ヌーヴォーというワインをめぐっては、もうひとつ見逃せない問題がある。
それは、現代の私たちは、もはや自分の味覚すら純粋には信じられないということだ。

「今年は過去最高の出来です!」と喧伝するTV、SNSに流れる華々しい乾杯。
そうした情報が、無意識のうちに味覚に影響を与えている。
味の印象は、舌で感じているようでいて、実は情報に上書きされている。

ボジョレー・ヌーヴォーは、まさにその象徴だ。
軽やかさも、フレッシュさも、期待の大きさも、その年に語られる“物語”の影響から逃れられない。

そして、この記事を読んだあとでボジョレーを飲むあなたは、おそらく今までとは違う味を感じるはずだ。
情報に揺さぶられる自分自身の舌に気づくかもしれない。


最後に残るのは、その瞬間にあなたが感じた味だけ

どれほど世界の評価が揺れようと、どれほど情報が味覚を惑わせようと、11月の第三木曜にボトルを開けるその一瞬、あなたの舌に残る味だけが“本当のボジョレー”だ。
それはワインの評価ではなく、現代を生きる私たち自身の感覚の物語でもある。

情報に染められた味かもしれない、あなた自身の感性で掴んだ味かもしれない。
なにはともあれ、乾杯。

ベイトくん

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