「壊れるのは一瞬、立て直しは数十年」
アミン政権誕生という歴史的転換点
1971年2月2日、ウガンダでイディ・アミンがクーデターによって政権を掌握した。
この日は、同国の政治が大きく暗転した瞬間として記憶されている。
アミンは軍の支持を背景に権力を奪い、その後8年間にわたって恐怖政治を敷いた。
反対派の粛清、民族弾圧、経済の崩壊。
推定10万〜50万人が犠牲になったとされ、国際社会からも孤立した。
アミン政権は、独裁がどれほど急速に成立し、どれほど深刻な破壊をもたらすかを示す典型例だ。
政治は、制度が整っていても、指導者が変われば簡単に暴走する。
そして暴走した政治を立て直すには、想像以上の時間がかかる。
壊れるのは一瞬
アミン政権が崩壊したのは1979年だが、ウガンダがその傷から完全に立ち直ったとは言い難い。
民族間の不信、経済基盤の喪失、国家機能の弱体化。
独裁が残した爪痕は、政権交代だけでは消えない。
社会の回復には、制度の再構築、教育、経済の再生、国民の信頼回復といった長期的な取り組みが必要になる。
これはウガンダだけの話ではない。
歴史を見れば、政治の暴走は世界中で繰り返されてきた。
民主主義国家であっても、制度があっても、選挙があっても、政治が誤った方向へ進む可能性は常に存在する。
「自分の国は大丈夫」という思い込みこそが、最も危険だ。
歴史は遠い国の話ではない
アミン政権の話を聞くと、多くの人は「アフリカの独裁者の話」として距離を置きがちだ。
しかし、政治の暴走は地理的な問題ではない。
制度が機能しなくなったとき、権力が監視されなくなったとき、
どこの国でも起こりうる。
民主主義は、選挙という仕組みがあるだけで自動的に維持されるものではない。
市民が政治に関心を持ち、権力を監視し、意思を示し続けることで初めて成立する。
その「当たり前の行為」が失われたとき、政治は簡単に歪む。
選挙という行為
政治の暴走を防ぐ最も基本的な手段は、
市民が政治に参加し続けることだ。
その最もシンプルで確実な方法が、選挙で意思を示すこと。
選挙は、政治家を選ぶだけの行為ではない。
「政治を監視している」「権力は市民のものだ」という意思表示でもある。
投票率が下がれば、政治は市民の声から遠ざかり、
少数の声が政治を左右しやすくなる。
その結果、政治の暴走を許す土壌が生まれる。
歴史を学ぶ意味は、過去を知ることではなく、
同じ過ちを繰り返さないために現在を選び取ることにある。
2月8日:第51回衆議院総選挙
まもなく、第51回衆議院総選挙が行われる。
どの政党を支持するか、どの候補に投票するかは人それぞれだ。
しかし、投票に行くかどうかは、民主主義そのものに関わる問題だ。
アミン政権の歴史は、遠い国の悲劇ではない。
政治が暴走したとき、社会がどれほど深く傷つくかを示す警告だ。
そしてその暴走を防ぐ力を持っているのは、制度ではなく、市民一人ひとりの行動だ。
だからこそ、選挙の日に投票所へ向かうという行為には意味がある。
政治を壊さないために。
未来を他人任せにしないために。
自分の国の行方を、自分の手で選ぶために。
2月8日、投票に行こう。
それは、歴史から学んだ市民としての最も基本的な行動だ。



