― 技術が作った「音楽の民主化」と、その先にある問い

「若者の音楽文化」

1949年2月2日にRCAが導入した45回転レコードは、単なる新フォーマットではなかった。
それは 「若者が自分の小遣いで買える音楽」 を初めて実現したメディアだった。
当時の78回転盤は高価で割れやすく、裕福な大人の贅沢品だったが、45回転は小型で安価、耐久性も高い。
ジュークボックスとの相性もよく、ダイナーや街角で音楽が鳴り続ける環境を作った。

この「手に届く音楽」は、のちのシングルCD文化へと直結する。
1980〜90年代、日本のシングルCDは500〜1000円程度で、学生でも買える価格帯だった。
オリコンチャートは若者の購買行動を反映し、音楽産業は「若者が何を買うか」を中心に回っていた。

45回転レコードが作った「若者が音楽を所有する文化」は、半世紀以上にわたり音楽産業の基盤となった。

音楽の民主化

45回転レコードの普及は、音楽の民主化を加速させた。
安価で大量生産できるメディアは、メジャーだけでなく地方のレーベルや独立系アーティストにも門戸を開いた。
ロックンロール、R&B、パンク、ヒップホップなど、既存の価値観に挑むジャンルは、いずれも「安価なメディア」があったからこそ広がった。

CD時代も同じ構造が続いた。
制作コストはレコードより高かったが、「1曲を買う」 という45回転の文化はシングルCDに受け継がれ、J-POPの黄金期を支えた。
1998年のCD売上は過去最高を記録し、日本は世界最大の音楽市場となった。

音楽は、技術革新によって「誰でも手に入るもの」へと変わり、ジャンルは爆発的に多様化した。

「無料のデータ」になった時代

しかし2000年代後半から、状況は一変する。
ストリーミングの普及により、音楽は 「所有するもの」から「アクセスするもの」 へと変わった。
SpotifyやYouTubeなどのサービスは、基本無料で膨大な楽曲にアクセスできる環境を作り、若者の音楽消費は「購入」から「視聴」へと完全に移行した。

その結果、CDを買う理由は大きく変わった。
いまCDを買うのは、音楽そのものの価値よりも 「推しへの投票」「応援の証明」 としての側面が強い。
特典商法が成立するのは、CDが「音楽メディア」ではなく「ファン活動の証拠」になったからだ。

音楽がデータ化し、無料で聴けるようになったことで、45回転レコードが生んだ「音楽の民主化」は極限まで進んだとも言える。

技術が流行を作る時代の終わり

45回転レコード、カセット、CD、MD、iPod。
20世紀の音楽文化は、常に 「新しい技術が新しい流行を生む」 という構造で動いていた。

しかし現在、技術は飽和している。
ストリーミングはすでに成熟し、音質も利便性も頭打ちだ。
新しいメディアが登場しても、45回転やCDのように文化を変えるほどのインパクトは生まれにくい。

その代わりに台頭したのが、アルゴリズムとビュー数 だ。
TikTokやYouTubeでは、楽曲の良し悪しよりも「短時間でどれだけ再生されるか」が価値を決める。
曲の長さは短くなり、サビだけが切り取られ、バズるための構造が優先される。

技術が流行を作る時代は終わり、
流行が技術に最適化される時代 に入った。

アルゴリズムを疑う

ここで浮かぶのが、こんな疑問だ。
「私たちの時代は本当にいい音楽を生み出せるのか」

これは単なる昔への憧れではない。
45回転レコードが生んだ「若者文化」「ジャンルの爆発」「音楽の民主化」は、技術が音楽の価値を押し上げていた時代の産物だった。
メディアの進化そのものが、新しい表現を誘発していた。

ところが今は、状況が反転している。
音楽が技術──正確にはアルゴリズム──に従属する時代 だ。
もはや「音楽が文化を動かす」のではなく、「文化がアルゴリズムに動かされる」側に回ってしまった。

とはいえ制約は、創造の母でもある。
アルゴリズムの時代にも、きっと新しい表現は生まれる。
ただし、そのとき私たちが「良い音楽」と呼ぶものは、今とはまったく別の基準になっているだろう。

45回転レコードが若者文化を作ったように、
ストリーミングとSNSが次の文化を作る。
その文化の中で、私たちはまた新しい「良さ」を見つけていくはずだ。

──もっとも、その「良さ」が本当に音楽そのものに宿っているのか、
それともアルゴリズムが“そう思わせているだけ”なのか。
そこは、少しばかり疑っておいたほうがいい。