経営者が見ている景色

インドの経済紙 The Economic Times が報じた調査によると、
世界の経営者の約9割が2026年に向けてAI投資を増やす意向を示している。

この数字が示すのは、企業経営の中心が「人をどう働かせるか」から「何に投資するか」へと明確にシフトしているという現実だ。

労働所得の縮小

経済協力開発機構やIMFのデータは、先進国において労働所得のGDP比率が長期的に低下していることを示している。
米国を例にとると、1970年代にはGDPのおよそ65%を占めていた労働所得が、直近では55%前後にまで低下した。
10ポイントの低下は、言い換えれば、経済全体のパイのうち労働者に配分される割合が着実に縮んできたことを意味する。

同時に、資本所得の比率は上昇してきた。
株式、不動産、知的財産への投資から得られるリターンが、相対的に大きな存在感を持つようになったのだ。

有形から無形へ

企業価値の中身も根本的に変わった。
1970年代には企業価値の多くが工場や設備などの有形資産に依存していたが、近年の時価総額上位企業の約90%が無形資産に依存しているという推計がある。
ソフトウェア、データ、アルゴリズム、ブランド、特許。これらは労働時間の積み上げだけでは説明できない資産だ。

工場労働者が機械を動かして製品を作る時代には、労働と価値の関係は比較的わかりやすかった。
8時間働けば8時間分の製品ができる。しかし、アルゴリズムが一度完成すれば、それは24時間365日、追加の労働なしに価値を生み続ける。
コードを書いたエンジニアの労働は確かに存在するが、そこから生まれる価値は労働時間に比例しない。

「先に手に入れた者」が勝つ

この変化が意味するのは、価値創出の重心が「どれだけ働いたか」から「どこに投資し、何を先に手に入れたか」へと移っているということだ。

AI投資はその象徴である。AIは1人当たりの生産性を高め、必要な人員を削減する方向に働く。
より少ない人間で、より多くの価値を生み出す。
企業にとってこれほど理想的な構造はない。
だからこそ数百億から数兆円単位の資本が惜しみなく投じられる。
そしてAIが生み出した利益は再びAIへと投資され、この循環は指数関数的に加速していく。

AI技術を先に取り入れ、データとプラットフォームを握った者が、2030年代に価値の大部分を引き寄せる可能性が高い。
投資とは、未来の価値を現在に引き寄せる行為であり、労働とは異なる論理で動いている。

労働の役割の再定義

経済活動における労働と資本の役割を整理すると、労働は価値を「今、生産する力」であり、資本投資は価値を「未来に生む仕組みを先取りする力」である。

かつて労働は価値創出の主役だった。
しかし現代経済においては、労働は価値創出の一要素に過ぎなくなりつつある。
勤勉に働いても、投資によるリターンに追いつけない。
資産を持つ者と持たない者の格差が広がるのは、この構造的な変化の必然的な帰結だ。

ホワイトカラーの意義

価格設定、採用判断、需要予測、在庫最適化、投資配分。
かつて人間が責任を持って行っていた判断が、今ではアルゴリズムの出力をそのまま採用する傾向が強まっている。
労働の価値が低下するだけでなく、人間の判断そのものが経済活動から切り離されつつあるのだ。

これは効率化の成果でもあるが、同時に労働の意味をさらに薄める動きでもある。

数字と実感の乖離

価値が投資と期待によって先取りされ、判断の中心がアルゴリズムに移るとき、社会には空洞が生まれる。

数字上は成長しているのに、実感がない。
株価は上がっているのに、生活実感は追いつかない。
技術は進化しているのに、将来に希望を持てない。
この違和感の正体は、価値創出の仕組みと、私たちの日常感覚との間に生じたギャップだ。

勤勉の価値

AI投資が企業経営の中心にあるという事実は、単なる技術トレンドの話ではない。
それは、価値創出の構造が根本的に変わり、純粋な労働の価値が相対的に低下しているという現実を映し出している。

働けば報われる。その前提は、崩れかけている。

それでも社会は、私たちに「勤勉であれ」と訴え続けている。
その勤勉さが最も報われにくい時代が、すぐそこまで来ているにもかかわらず。