歓喜する株式市場
2026年1月3日未明、米軍がベネズエラの首都カラカスを爆撃した。
マドゥロ大統領夫妻は拘束され、米国に連行された。
警備チームの多くが死亡し、キューバ軍人32人も命を落とした。
国連事務総長は「国際法が守られなかった」と懸念を表明した。
そして週明けの月曜日、ニューヨーク株式市場のダウ平均は過去最高値を更新した。
日経平均も約3%上昇した。
爆撃があった翌日に、株価は上がった。これはどういうことなのか。
投資家は「その先」を見ていた
普通に考えれば、産油国で戦争が起きたら石油の値段は上がる。
供給が止まるかもしれないからだ。ベネズエラは世界最大の石油埋蔵量を持つ国である。
ところが今回、石油の値段は下がった。
なぜか。投資家たちは「短期的な混乱」ではなく「長期的なメリット」を計算していたからだ。
マドゥロ政権がいなくなれば、アメリカの経済制裁は解除される。
アメリカの石油会社がベネズエラに投資できるようになる。
老朽化した油田が復活すれば、石油の供給は増える。供給が増えれば、値段は下がる。
つまり投資家たちは、爆撃を「石油が安くなる前触れ」として歓迎したのだ。
ある大手証券会社は、ベネズエラの石油生産量が2年以内に1.5倍になると予測した。
別の証券会社は「長期的には石油価格の下落要因になる」と分析した。
金融市場は、この戦争を「投資機会」として処理した。
「合理的」
ある資産運用会社は、週明けの市場の反応を「おおむね合理的」と評価した。
そのレポートにはこう書いてあった。
「周辺国に紛争が広がる恐れは小さい」「金融システムへの深刻なダメージはない」「だから市場への影響は限定的」。
冷静な分析だ。投資判断としては、まったく正しい。
カラカスで爆発が起きている間、世界中のトレーダーたちは「これで石油が増えるぞ」と計算していた。
マドゥロが軍艦に乗せられる映像が流れる中、アナリストたちは「政権交代後の投資チャンス」をレポートにまとめていた。
彼らは間違っていない。金融市場のルールに従えば、それが「正解」だ。
株価チャートに映らないもの
トランプ大統領は1月7日、ベネズエラから最大5000万バレルの石油を受け取ると発言した。
石油先物はさらに下落した。「供給が増えるから値段が下がる」という、教科書通りの反応だ。
だが、その株価チャートには映らないものがある。
ベネズエラでは過去10年で、人口の4分の1にあたる約800万人が国を離れた。
経済の崩壊と政治弾圧から逃れるためだ。今回の爆撃でも民間人の被害が出ている。
国際法の専門家の多くは、この軍事作戦が違法だと指摘している。
マドゥロ本人は法廷で「私は誘拐された。戦争捕虜だ」と訴えた。
それらの事実は、株価に反映されない。
石油の値段にも織り込まれない。
市場は「効率的」だが、その効率性が拾い上げるのは、数字にできるものだけだ。
誰が得をしたのか
ハンガリーのオルバン首相は、今回の事態を「良いニュース」と評した。
ベネズエラの石油が市場に出回れば、自国のエネルギー調達が楽になるからだ。
アメリカの石油関連株は上昇した。防衛関連株も買われた。
日本でも半導体や資源関連の銘柄に資金が流れ込んだ。
「地政学リスクを読み解き、適切に投資する」。それが賢い投資家の振る舞いだとされる。
実際、今回の混乱から利益を得た人は大勢いる。
だが、その「利益」の源泉を考えると、少し立ち止まりたくなる。
ある国が別の国に軍事介入し、大統領を連行した。
その結果として石油供給が「正常化」し、株価が上がった。
私たちの年金基金や投資信託も、その恩恵を受けている可能性がある。
二つの世界が乖離していく
国際エネルギー機関は、2026年の世界石油市場が「供給過剰」になると予測している。
石油は余っている。だから、どこかで紛争が起きても価格への影響は限定的だという。
現実の世界では、主権が侵害され、国際法が破られ、人が死んでいる。
金融の世界では、供給見通しが改善し、リスクが低下し、株価が上がっている。
この二つは、同じ出来事を見ているはずなのに、まるで違う物語として語られている。
問いだけが残る
批判するのは簡単だ。「市場は冷酷だ」「投資家は人の命より金儲けを優先している」。
だが、私たちの老後の資金も、この同じ市場で運用されている。
「合理的」な投資判断の恩恵を、私たちも間接的に受けている。
地政学を読み解き、最適な投資を行う。それを続ければ、世界は良くなるのだろうか。
答えはたぶん「良くなる部分もあるし、見えなくなる部分もある」だ。
ダウ平均が最高値を更新したその日、カラカスでは瓦礫を片付ける人たちがいた。
株価チャートは、そのことを何も教えてくれない。
数字は便利だ。だが、数字が語らないものを忘れた瞬間、私たちは何か大切なものを見失う。
「合理的」であることと「正しい」ことは、必ずしも同じではない。



